税理士試験まであと2ヶ月を切りました。
今年の試験日は8月9日~11日までの3日間です。
去年の試験はあと1週間くらい後でしたので、少し早まりましたね。
税理士試験は非常に長丁場で、しかも本試験は8月に年1回の一発勝負。
周りは友人でもありますが、ライバルでもあります。お互いに励まし合って、お互いの合格を喜んで、その時に得た関係は今でもあり続けます。
税理士資格を取得するまでに4年かかりました。
29歳で会社を退職し、税理士の資格取得のために3年通学しました。
3年目を終えた段階で会計事務所に就職し、働かせてもらいながら残りの1科目を取得しました。
私の合格科目は、簿記論・財務諸表論・法人税法・相続税法・消費税法です。
私の経験や心情を記載してみたいと思います。
今の税理士受験生の心に何かが伝わるといいです。
先ずは税理士を目指すまで・・・。
会社時代のことも書いてみようと思ったのは、ここでの経験が今の税理士としての自分に大きく影響したからです。
会社員になりました(入社~子会社への出向)
大学卒業後、一般企業に就職しました。
道に迷って面接に遅刻したのによく入社させてくれたなと今でも思います。
コミュニケーションをとるのが好きで面接時に「営業志望です。」と伝えましたが、社長から辞令交付を頂く際に「経理部に配属を命ずる。」といわれて、
「はい。」とは言ってたけど、顔が引きつっていたと周りの同期に言われました。(笑)
面接の時に「経理はどうですか?」と聞かれたので後から思えば伏線はありました。
その後、経理部で実務をこなしていく中、
3年目のある日、当時の部長より「子会社の経理担当者が退職するので、そちらへ行ってもらえないか。」と一言。
一瞬「左遷か?(笑)」と思いました。
ただ、人事担当者として子会社に見える方が優秀な方でしたので、色々学べそうだと思い、二つ返事で了承しました。
その後、すぐにやはり同じように異動してきた後輩もこれまた優秀な子でした。
結果として、ここでの経験が間違いなく今の私の礎を気づいてくれています。
経理関係はすべて私が一人でやるわけです。
当時の子会社はまだ設立まもなく、経理の基盤もほとんどできていない状態でした。
当時25歳くらいでしたが、伝票入力、システム連動、小口現金も部門別損益での月次決算報告も一連のことを経験させてもらいました。
さらに親会社では法人税や消費税の申告書は会計事務所で作成するのでなく、
自社で作成したものを税理士の先生に見て頂くというスタイルでした。
ということは子会社の申告書は・・・、そう私が作らないといけません。(汗)
私が最初に申告書とまともに向き合った、自分で作成したのは、ここが最初でした。
2年で本社へ復帰したので、2回の申告書作成しました。
赤字の申告書でしたので、まぁ難易度は高くないのでしょうが、
当時の私には、「ちんぷんかんぷん」。
書籍を読みまくって、必死の思いで何とか作成して、
税理士の先生の確認をもらっていました。
ここで実際に申告書を曲がりなりにも作成して、後の税理士試験を受験できたことが結果的に活きました。
大きな決断 税理士試験の受験
2年後、本社復帰となり、営業管理部門へ配属になりました。
その後、全国1社体制となり経理部も東京に集約されました。
異動から半年後、以前の上司から経理の人材を「東京に集めたいから、東京に来てくれないか?」とお誘い頂きました。
何事も経験だと思い、東京勤務を選択しました。
東京で勤務し始めると経理部の人員は30人規模になっていました。
その人数だとやる仕事も限定されます。忙しい人とそうでない人と分かれてきます。
仕事は夜中までやり、タクシーで帰宅という生活が続きました。
少し寝て、フレックスタイム制でしたので朝10時に仕事に行くというサイクルが続きました。
当時は横浜の鶴見駅そばに住んでいて、通勤には1時間位かかっていました。
なので9時前には家をでなければいけません。
そのうち疲労困憊し、同時に将来への不安を覚えました。
「今はいい給料を頂けてるけど、10年後はどうだろう?20年後は?」
「何も武器がないのに働き続けることができるのか?」
「生きていくためには何か自己投資をしないといけないのでは?」
ここで資格を取得するという選択肢を意識しました。
最初は何となく「中小企業診断士かっこいいな~。」と思いました。
ただ色々な方に相談するうちに、こんな意見が私に刺さりました。
昔の上司「なんでも平均的より自分の得意分野を伸ばした方がいい。」
知り合いのおばさん「経理やっていたんなら税理士を目指したら?」
そんな意見を参考に、ここで初めて税理士という資格を意識しました。
「自分には資格なんてとてもじゃないけど・・・」、と戦う前から匙を投げていた男がここで初めて資格取得を意識したのです。(簿記2級までは持っていました)
そんな中、会社が収益が大きく落ち、リストラ策として早期退職制度が実施されることになりました。早期割増退職金が支給されます。ただ、今後しばらくの安定は保証されません。
募集人員は当時社員数3,000人の1/5の600人
私はすぐに手を挙げて、退職しての税理士試験への受験専念を決意したのです。
29歳の夏のことです。決して早くはない税理士試験への挑戦です。
当時結婚もしていました。24歳で結婚しました。離婚されてもおかしくないでしょう。
だから、この決断を後押ししてくれた奥さんには本当に感謝しかないですね。
【編集後記】
昨日は午前中、お客様訪問。午後はお客様が事務所に来所、経理導入のサポートや今後の対策案を検討。事務所の周りには緑が多く、帰りに夏の虫の対策用品をいくつか購入。